大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和26年(ヨ)4023号 決定

申請人 荒尾慶彦

被申請人 木下工業株式会社

一、主  文

申請人の本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

二、理  由

第一、申請の趣旨

被申請人が昭和二十六年二月五日附で申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

第二、本件解雇にいたる経過の概要

被申請人(会社という)は製氷機、冷凍機及び附属諸材料の製作販売を業とし、肩書地に本社を、品川区東品川に品川製作所(機械、鋳造二工場)及び品川製氷冷凍工場を、その他数個所に製氷、冷凍、建築等の事業場を有する株式会社であり、本社、品川製作所及び品川製氷冷凍工場の従業員約百七十名は木下工業従業員組合と称する労働組合(組合という)を結成している。申請人は昭和二十二年三月入社し品川製作所鋳造工場に勤務していたが、昭和二十三年八月同組合の職場委員、昭和二十四年五月執行委員、同年十一月組合長昭和二十五年八月組合長(再選、但し昭和二十六年一月八日辞任)にそれぞれ選任せられた。ところで昭和二十五年十二月初旬申請人は右組合の代表者として会社に対し年末賞与月収の十五割、昇給最低二割六分の要求をしたが、会社との交渉がまとまらなかつたので、組合は東京都地方労働委員会(都労委という)に斡旋を申立て、同月二十二日斡旋が行われ、同日午後八時、賞与についてだけ取りきめ(年末賞与と酒肴料五百円を合せて月収の約十二割)、昇給の点は来春(昭和二十六年度)当事者間において再交渉することとし両者間に協定が成立した。ところが申請人は同日夜組合執行部、副組合長、社長宛三通の遺書を作成し、翌二十三日これを使者に託して送り届け自殺するため失踪したが、同夜出発に際して東京駅で発見され未遂に終つた。会社は昭和二十六年一月三十一日組合に対して申請人を解雇する旨申入れ、同年二月五日申請人に対して解雇の意思表示をした。

第三、争点及び当裁判所の判断の要旨

会社は申請人の右十二月二十三日の行動、遺書による社長の誹謗脅迫、本人の性格等従業員として不適格であるから解雇したと主張するのに対し、申請人は右の行動は組合員の団結と自覚を促し会社の反省を求めるためやむを得ない事情の下になされたものであつて、ハンガーストライキと同様労働組合法第七条第一号にいわゆる正当な組合活動であり、又仮りに正当な組合活動でないとしても、右解雇は申請人が組合長として従来の組合を自主的組合に育成した熱心な組合運動の指導者であることをその決定的原因とするものであるから、何れにしても不当労働行為であるといつて争うので、以下この点について判断する。

一、本件解雇は申請人の十二月二十三日の行動の直後から会社の決意するところとなつたものであつて、会社の反組合的意思がその決定的動機となつているかどうかはしばらくおき、その解雇の動機の一つが申請人の右の行動にあることは否定することはできない。よつて先ず申請人の十二月二十三日の行動について考察する。

申請人は、かねてから組合が団結に乏しく社長が組合ことに自己に対して悪感情を抱いていると思つていたが、右昇給及び年末賞与の問題について十二月二十一日都労委に斡旋を申立てたものの、昭和二十五年五月の都労委の斡旋にも不満をもつていたこととて既に会社との交渉のはじめから要求貫徹の不可能と斡旋の結果を予断し、その斡旋の結果、右協定が成立するやこれをもつて都労委の斡旋が会社に同調し労働者の完全な敗北に終つたものと断じ、組合員の団結と自覚を促し又会社ことに社長の反省を求めるには「ハンスト」や煙突に登ること位では到底目的は達せられず組合長の資格で自殺して世論に訴える外に途はないと決意し、十二月二十二日夜協定成立後前記のように遺書を作成し翌二十三日使者に託して会社に送り届けた。同日十一時頃、これを知つた会社は直ちに警視庁に捜査願を提出すると同時に社員六十名をして捜査に当らせ東京、新宿その他の各駅、東京港芝浦の東京湾汽船発着所等に各数名を配置したところ、同日午後七時三十分頃東京駅で発見丸の内署で保護せられていたのを社員が身柄を引受け帰宅させたが、このため会社は捜査費用として二万六千五百余円を支出した。そして右組合執行部宛遺書中には、組合員の奮起を促す文言の外、申請人は十二月十七日(日曜日)に既に死を決意し、組合が単独交渉を委任したら社長に対して四十八時間の反省の余裕を与え要求貫徹を期し、若し社長が人一人の生命等問題でないとして要求を蹴るならば、直ちに毒を服する心算で青酸曹達を持つていたこと、新聞社には完全に手配を行いこれを紙上に発表し社長の社会的立場と人格を広く世論に問いたかつたということ、今日の要求で徹頭徹尾頭を下げて頼んだが、社長は常に経営者、資本家の地位が上位であるかのような言動を用い、武士の子が静岡の土百姓の息子に頭を下げねばならぬかと思うと堪えきれぬ屈辱を感ずる云々等と記載し、又社長宛の遺書には社長の組合に対する態度の反省を求める文言の外、社長の御家族は本当に幸福ですか社員の殆ど全部が知つているような御乱行は御つつしみ下さい私の死は別にいといませんがかかる人道問題は社長の誠意を疑わせます云々。社長は我々の最も苦しい時代に家を建られましたね……これでも社長は吾々と苦楽を共にされていると思われますか、それなのに御家族は又社員の生活はあの社宅や寮のみぢめさは御覧になつたことがありますか……実は昨年の暮整理の際私だけが考えついた方法社長には全然知られていない者を用いての財産調査が発端です云々、然しこれ(死)を絶対効果あらしめる為私は新聞の手を借ります。もう作戦でも何でもありません。私の手の内は全部お見せ致します私が決行すると同様にすべての資料及び今迄の経過は最も信頼する者の手より一般に公開されることになつています云々と記載せられ、会社をして同人の性格に短慮、無分別で常識に欠ける点があり社長の社会的立場と人格についていかなる攻撃が加えられるかもしれないと思わせるに足る事実が一応認められる。

申請人の右の行動はその心情において組合員の団結を促し経済的地位の向上をはかることを目的としてなされたものであることは一応認めうるが、その方法において、要求貫徹のため一般世論に訴え使用者に心理的圧迫を加えるため往々行われるハンガーストライキとも異り、行為者の生存自体を否定しその行為を法律の保護の埒外におく結果を必然に来すものであつて、たといその結果組合が奮起し世論の支持を得たとしても、客観的にみて法の予想する目的に副わないやり方であつて、その行為自体組合のための行為で違法性がないとしても、労働組合法第七条にいわゆる組合の正当な行為ということはできない。若し自殺がその通り行われたとすればその目的が組合の団結を図るためであつても自殺者そのものは同法の保護の対象となることは不可能であることはいうまでもなく、本件のような自殺未遂の場合にも、自殺未遂そのものは前記性質を有する行為であることに変りはないから同条の保護の対象とはならないものと考える。(もつとも、これに附随する行為、例えば新聞等によつて社長の非行を暴露することは、それが労使間の要求、経営に関連する事柄で、組合活動上正当な限度を保つかぎり、同条同号の対象となることはありうるであろう。)従つて申請人の十二月二十三日の行動を理由とする解雇が直ちに不当労働行為であるということはできないのであつて、ただそれが表面上の理由であり且つ申請人の組合活動が決定的な解雇原因であるかどうかが問題となるわけである。

二、よつて次に会社の反組合的意思又は申請人に対する差別待遇の意思の存否について考察する。

(一)  組合は昭和二十二年七月結成せられたが、昭和二十四年十一月になつて組合創立以来一度も実現せられなかつた本社工場合同の組合大会が行われた程であり、当時申請人は組合長に就任し、たえず労使対等の原則と組合団結の必要を強調したこと、申請人は先ず同年十二月の人員整理問題に直面したが、その交渉中組合が都労委に提訴しようとしたのに対し、それまで態度強硬であつた会社側は極力これを制止して早急に妥結した。ところがその直後原田所長から「社長は組合案通りなつたことについて非常に残念がつているから組合員へは決して組合の勝利ということはいわぬようにしてくれ」といつたこと、その頃本社青年一同は組合執行部に対してこれ程組合の存在が大きく又有力に認識されたことはいまだかつてないとその労を謝していること、組合は右整理問題と共に重役の追放について会社に善処を要望したり、会社の職階制制定案に意見を申立てその後いまだ制定に至らないこと、昭和二十五年五月組合は昇給問題について都労委に斡旋を申立て妥結したがその後社長は組合役員との会合において数囘にわたり、「昇給の問題を都労委にまで提出したことは一生忘れない、こういう方向にもつていつたのは一部の幹部が組合員を誘導したのであろう」と発言したこと、等の事実が疏明せられ、これによると申請人は多数組合員に支持せられて二期の組合長をつとめてきたが、その間の同人の組合活動は従来のそれとくらべて積極的であつたこと、会社側ことに社長はこのような申請人の組合活動に対して反感を抱いていたことが疏明せられる。(もつともこれまで組合員に対して組合活動の故をもつて解雇転勤等の差別待遇をしたという具体的事例の疏明はない。)

(二)  次に会社は右の十二月二十三日の行動をもつて社員として不適格と判断した組合宛解雇申入書、総務部長から本社宛解雇理由書の中で、(その各理由書に細部おいて、必ずしも一致しないが)(1)死を予告して青酸曹達を所持して失踪し会社並びに組合に迷惑を及ぼしたこと。(2)遺書中に社長に対する誹謗脅迫の事実があること、(3)同人が余りにも協調性乏しく自説を固持して絶対にゆずらぬ態度があり会社としては指導を全うすることは困難であること、(4)申請人の行動が仮りに組合活動であるとしても斡旋による妥結直後のことであり非常識極まる非民主的な独断行為であつて徒らに会社と組合間の紛争を惹起させる素因をなすもので労資の離間策であると考える等のことを大要指摘し右(1)の点は改悛しているがその以外の点については自説を固持して非を認めないとしている。ところで右(3)、(4)の点は、年末賞与問題や申請人のそれ以前の組合活動と関連する評価も含まれているものと認められるのであり前認定の(一)と合せ考えると会社側にも労働組合に対する偏見なしとせず又組合長として二期にわたつて指導的な役割をしてきた同人をこの機会に排除したいという気持の働いていることは一応認められる。しかしながら他面同人の行動は、他の組合員にも反省すべき点があり同情の余地なしとしないが、何といつても異常の行動であり、本人は事故の後に自殺行によつて会社や組合に迷惑をかけたことを陳謝しているけれども、会社に対し右の行動が正規ではないにしてもあくまでも組合活動であつて、この行動によつて引責退職の意思なきことを確信をもつて表明し、その他の非を認めないところから、会社が同人の自説をまげない強い性格からして、このような異常な行動(従つてこれによつて前認定のような保護捜査によつて惹起される業務阻害の危険性)と社長に対する個人的攻撃(いかなることを公表するつもりであつたかは遺書以外に本人は語ろうとしなかつた)についてどの程度反省しているかに疑念を持ち、将来このような行動をしこのような性格を持つものを従業員として使用したくないと思うことは、同人が組合長でなかつたとしても、客観的にみて一応理由のあることといわなければならない。従つて本件解雇は、他に疏明のないかぎり、会社が申請人の十二月二十三日の行動と申請人の性格とを綜合した結果雇傭契約を継続するのに適しないとしたことが、その決定的原因であると一応認められるのであつて、不当労働行為の成立は認めがたい。

右の次第であつて申請人の本件申請は失当として却下するのを相当と認め本件費用について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 緒方節郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!